15年前、投稿ボタンを押したまふまふさんは、この先何回これを繰り返すと予想していただろう。初めてのオリジナル曲の投稿文にある「2つに1つは始まりの時。」これを書いた何年後にもう一方の終わりをつけようと思っていただろう。
何度も何度も書いているけれど何度書いても足りないくらい、本当に夢の中にいるような日々だと思う。
やり残したことを一つひとつ、確実に達成していく姿を見てきた。震えるような覚悟で命を賭けてマイクを握る姿を見てきた。もう思い残すことはないというように「さよなら」「いつかまた」とステージから去っていく姿を見送ってきた。その度に何度したって慣れない覚悟をした。上手くやれてるのかわからなかった。 まふまふさんがいない毎日をわたしは知らなかった。
ライブ開催決定やアルバム発売決定といった大きな発表があると最高に嬉しくて楽しかった。けれど数年前までは、その喜びの裏側でいつも終わりのことを考えてしまっていた。それが終わってしまったらまふまふさんの後悔が1つ消える。まふまふさんにとってのまふまふさんがいなくなる理由が増える気がした。だからどれだけ楽しみでも、楽しみで大切であればあるほど、その直前は始まらないでと願ってしまった。だけど今年は、いつも次の約束があって、手を振る時は本当の「またね」ができた。夢みたいだった。まふまふさんが 「またね」と手を振って背を向けて歩き出した先が活動に繋がっていること。ステージを去るまふまふさんの後ろ姿を見つめている時、今までは本を閉じるのを見守る気持ちだったのが栞を挟んで駆け出していく背中を見送るような気持ちに変わっていたことに気づいた。見送った後、わたしも次の約束までまた頑張るぞ!と息を吸い込めた。続きを信じられること、こんなに嬉しいことはなかった。
8月の歌ってみたライブ。アンコールの「地球最後の告白を」の景色が今の彼の集大成のような景色だったなぁ。やさしくて眩しくて全部を抱きしめてまた歩き出すような歌い方。まふまふさんはあの会場を、まふまふさんを好きなひとたちのことを、地球まるごとを愛していた。まふまふさんから放たれる光が、さみしい刹那的な白じゃなくて、あったかくてみんなを包み込む愛の眼差しのようだった。お立ち台に飛び乗って、木漏れ日のように笑って心から楽しそうに歌う姿を見上げたら溢れてくる涙が抑えられなかった。ずっと見たかった景色だった。夕焼けのあたたかい光の中を歩きながら、伸びてゆく自分の影を見てこれまでの道のりの全てが愛おしかったと言えるような。そんな日だった。そんな風に言っているようだった。
これまでのライブや配信ではそんなこと言わないで〜...と少し胸が傷んでしまうような、自身を否定するような言葉を言うことが多かったまふまふさんがMCで「大好きだぞー!」「愛してるよ!」と笑顔で叫んでいた。ありえなすぎて腰を抜かしかけた。 終わっちゃうね...の時も「また絶対やるよ!」「またやるからまた来てね!」ってたくさん言ってくれた。これがまふまふさんの「今」なんだと思ったら本当に嬉しくてたまらなくてまた世界が一段ときらきらして見えた。ライブが終わったら、この会場を出たら、すぐに駆け出してこの幸せな気持ちをいろ〜〜〜〜んな人に分けてあげたい!と思った。
15年。まふまふさんがまふまふさんになって15年が経った。
「能動的に辞めようと思ってない」
今年の配信で朗らかにそう話す声を聞いて、こんなにもさらりと終わりの話をされる日が来ると思っていなかったので受け止めるのに時間がかかった。
まふまふさんが紅白に出るよ、歌枠をするよ、ソロで武道館に立つよ、歌ってみたライブをするよ、歌詞解説配信をやるよ、クリスマスでお顔を全部出して配信するよって数年前の自分に言ったら全部信じないと思う。できるできないじゃなくてやらない のはずだったことも、今まふまふさんが楽しい!と言ってやっている姿。こちらが勝手に願う前に勝手に諦めていたことさえどんどん叶っている。
まふまふさんがこの地球に生まれ落ちて、この世界の絶望も喜びも知って、もうこの命に意味はないと悟って、いっそ終わらせてしまおうと思った先にこんな未来を見出すなんて思ってもみなかった。
何かを見て、まふまふさんみたいだなと思うことが増えた。映画や音楽を聴きながらまふまふさんに重ねることが増えた。まふまふさんにいろんな色が似合うようになったことが本当に嬉しい!
まふまふさんの生きている姿。目を瞑って歌う姿や白くて細い手を遠くへ伸ばす姿、ひらりと衣装を翻して舞う姿はこの世の者とは到底思えないくらい綺麗だ。ギターを掻き鳴らして、音楽が楽しくてたまらないと言うように笑みが零れる瞬間、目の前に火花が散って痺れる。緊張しいでいつも不安そうで、でもみんなが自分を好きで応援してくれていると気づくと新鮮に驚くところ。そしてすごく恥ずかしそうに照れてまた下を向いてしまうところ。たくさん抱え込んで背負って頑張って、ステージでぽろぽろと涙を流してしまうところ。そうしてたくさん泣いた後に見せてくれるまふまふさんの笑顔はパッと花が咲くみたいにきらめいていて、かわいくて無邪気だった。
まふまふさんは強烈に生きていて、その姿が愛おしくてたまらないひとだ。生きていることは愛おしいことなんだとまふまふさんに出会って深く、強く、知れた。
まふまふさんの活動記念日がとても年末なおかげで、いつもこの機会に自分のこれまでも一緒に振り返っている。何事も面倒くさいという気持ちが勝ってしまって、新しいことを始めたり継続したりすることがとても苦手な自分が「できるかもしれない やってみたい 頑張りたい!」とまふまふさんのおかげで素直に思えた時がいくつもあったなぁ。初めてひとりで夜行バスに乗って東京に行った時、バスに揺られている間の緊張と東京に足を踏み下ろす(「ここがまふまふさんが生きてきた場所...!同じ空気...!」の)あの時の胸のどきどきをずっと抱きしめている。初めてひとりで飛行機に乗った時、ライブ帰りに空港を歩きながらまた一つできることが増えた今日にすごく感動して、そしてそれがまふまふさんのおかげであることがすごく嬉しかった。まふまふさんのおかげでまたわたしは成長できて、そんな自分を好きになれて、歩きながら少しだけ泣いた。あの時の胸の清々しさを、歩く速度が少し早くなって浮き足立つような感覚を今日も抱きしめている。
今年の1月の武道館ライブに向けて走る!と言って毎日ツイートで報告してくれた時、周りのフォロワーも走ったり何かしら運動を始めていて、わたしも何かしたいなと思った時、些細だけど毎朝職場まで階段で上ることを始めた。きつかったけど頑張れた自分のことを朝から褒めてあげることができて、気持ちよく1日のスタートが切れた。
愛おしすぎる走った報告ツイート⬇️
https://x.com/uni_mafumafu/status/1861382912727490746?s=46
いつかまふまふさんが成長について話していたツイートが、最近ようやく理解できてきた気がする。踏み出すことは恐怖や苦労だけじゃないこと、その先にはきっと素敵な景色と自分が待っていることをまふまふさんのおかげで知れたからだ。
https://x.com/uni_mafumafu/status/699558979383357441?s=46
それと、14年目を迎えた日のツイートも大好きで、今年何度も読み返した。
https://x.com/uni_mafumafu/status/1873300378277859481?s=46
「とっくに一生分の幸せをいただきましたが、自分は欲張りなので、来世の分までみんなと楽しんでいきます!
一緒にいてくれてありがとーー!!」
一生分の幸せをもらったのはこちらの方で...「一緒にいてくれてありがとう」その言葉もいつもこちらが伝えたい台詞だ。
伝えたい!ことをその伝えたい相手から伝えられるなんて、そんな幸せなことがあるだろうか。
屋根裏部屋で立て膝をついて歌った歌は世界中に羽ばたいて、それぞれの日常のそばにそれぞれのまふまふさんがいる。
「どの曲も思い入れのある大切な一曲で、ボクがこの世にいてもいなくてもどこかで誰かが聴いてくれると思うと、音楽を作ってきてよかったと本当に思う。」
まふまふさんの曲はみんなの心に咲いているよ。咲き誇って、綿毛になってまた誰かの心に行き着いて、咲いて、そうやってまふまふさんの音楽や思い、笑顔もずっとずっとこの世界に咲き続けるし、何度季節が巡っても、一等に美しいものだと思う。どんな未来にもどれだけ時が過ぎてもこの世界にはあなたがいるよ。そうやって誕生日に書いたけれど、本当に強く思う。バースデーライブでそらるさんのワンダーの「響かせ続けよう この歌を」を歌われた時、ずっと願ったことがまた叶った。
まふまふさんは自分を思い出す際に苦しみが伴うなら「忘れていいよ」と言うけれど、まふまふさんから受け取った全てのものを思い返して、最後に胸に残るのはいつだって「まふまふさんを好きになってよかったな」という思いなのです。こんな大好きをくれるひと、そんなひとを知って、好きになれて幸せでたまらないのだということがどうか伝わってほしいなぁ。
無数の出会いを選び取って生きていく中でまふまふさんに遭遇したわたしの人生はとびきり特別で大切です。 全て未来のわたしに渡し続けたい記憶です。記憶をなくしても、もしも別の人生を歩むことになっても、わたしは何度でもまふまふさんに出会う人生を選びたいです。だって今日がこんなにも幸せだから。
すべての選択にありがとう!
この先の未来で、まふまふさんが願った夜空がみんなの上に広がっているといいなと思う。
ライブ中、自分の足下を通った光がまふまふさんが立つ真ん中の一点に定まった時、自分の、みんなの道のりとまふまふさんの"今"が繋がった気がした。まふまふさんは星で、わたしたちも星だ。全員がそれぞれの星座を描きながらここに待ち合わせをしている。今ここはひとつの大きな星座になった。寂しい夜はこのことを思い出すだろうと胸の中にお守りを携えた。 大きくて広い、たったひとりで彷徨うしかない宇宙がこの世界にはあるけれど、暗くて見えなくてもきっと繋がっていてみんなで漂っているのだと思えた。ひとりじゃないんだなと思えた。
まふまふさんの音楽は自由そのもので、その音を歌声を聴けば不可能なんかないと思えました。見えないものも触れられないものも、まふまふさんが音楽にすれば、行方がわからなくても愛おしいと思う感情。ひとりでは知り得なかった、知らない自分の手を握る感覚だった。でもずっと手を繋ぎたかったのだと思う。まふまふさんのおかげでわたしはわたしが気づくことができなかった自分の思いに手が届いて自分を抱きしめたいと思えたんです。
本当にありがとう。
最後に、まふまふさんの初めてのオリジナル曲の歌詞を引用して終わろうと思います。今日も素敵な日でした。まふまふさんのおかげです。
本当は独りぼっちじゃ 何もできない
すぐ 壊れちゃうけど
ガラスのような夢にも 色があるんだと
確かに囁いた 始まりの時
有限のもと広がる この世界にも
ほら 無限の調べ
二人だけの世界にも 終わりがくると
ボクらを導く 永遠の輝き
【初音ミク】DAYBREAK【オリジナル曲・PV】 - ニコニコ動画
まふまふさんは永遠に輝いています。
大好きです!いつまでも、何度でも!