始まりがあったから訪れるもの

 

終わることのない夢を見たい。

 

 

「ああ、とっても好きだ」と感じた。そう思うきっかけになる出来事が何かあったわけでもなく。

そしてそう思えることがすごく幸せだと、

ずっとこのままでいたいなぁ、と同時に強く思った。

 

でもそうもいかないことを知っている。

 

「自分にとって一番が変わってしまうのはとっても怖いことだけど、変わらないものなんてないから、人は成長していくものだから、人の気持ちは変わりゆくものだから 仕方がないことなんだ」

と父と話したことがあった。

そして、「仕方のないこと」だと納得するようにした。

今好きな人を、これから何十年先もずっと好きでいたいし、そうであること信じているけど、きっとそうもいかないこともあるのだろう。

それがすごくつらいと思った。信じたいだけなのに。こんなに確信に近い気持ちでもう確実と言ってもいいはずなのに。それが変わってしまうのか?と考えるとすごく怖いと思った。

 

いつかは終わりがきてしまう。

きてほしくないけど、きてしまう。

この「終わり」は一番最悪な場合でいうと「死」のことであるし、他にも「解散」「引退」、そして今まさに自分の胸に溢れているこの大きな「好きな気持ち」でもある。

 

わたしは今、猛烈にその「終わり」がくることを恐れている。

別にそれに繋がる何かがあったわけじゃない。

「終わり」は何の予兆もなく、突然やってくるものなのだ。

だからこんなにも恐れている。

まだこないで、まだこないで。できればわたしが死ぬまでこないで。ずっと続いていて。

まだ大好きだから終わらないでほしいと願う毎日。

「好き」の気持ちはいつだってこんな気持ちと背中合わせだったっけ?

そんなはずなかったんだけどなぁ。でも知ってしまった。

 

「終わり」をいつだって信じたくない。

でも始まりがあるから終わりがあるのだ。その逆で、終わりがあるから、始まりがあるとも言える。

ああ、世の中はそういうふうにできているんだと勝手になんとなく納得した。

 

全て間違いないものだった。どれもわたしにとっての一番だった。全て本物だった。

全てわたしを変えてくれた。いつだって魔法だった。

なくなると魔法が解けたように、同じものも全く違く見えてしまう。こんなことがあるのかと、驚いてしまう。

でも本物だった。今じゃ嘘のようだけど全部確かに本物だったのだ。

その証拠に、それら全部ひとつひとつが今のわたしに繋がり、今のわたしを作る欠片になっている。

 

 

どうしたらいいのか、と考えてしまう癖がある。

この胸に渦巻く複雑な気持ちを、どうにか理屈をつけて無理矢理納得させて鎮めようとしている、このざわめきをどうにかしたい、と思っている。

 

大好きであたたかくて守りたくていつだって照らしてくれる幸せと彼らがずっと続いていくように。

「好きだ」と思う度に、同時に、「どうかこの気持ちがずっと変わらず続いて、

明日も明後日も一年後も十年後もおばあちゃんになっても同じ気持ちでいられるように」と涙を流してしまうくらい強く願うようになってしまった。

 

ずっと覚えていたいんだ。この気持ちをわたしはずっと忘れたくない。

ずっと大事にしたい。

いつだって間違いなかったこの気持ちを、嘘のなかった気持ちを。

絶対にわたしはなかったことになんてしたくない。絶対にしない。そんなこと。

 

全部大切で全部幸せだった。

知らないことを、知らない気持ちをたくさん知った。

たくさん夢を見た。

とっても素敵で幸せだった。

 

 

今日だって、たまらないほど好きな人がいて、誰よりも幸せになってほしい人がいる。

信じたい未来がある。見てみたい世界がある。

応援したい人がいる。叶えたい夢がある。

 

 

全て無駄じゃない。

そんな軌跡をこんなふうに残すことくらいしか、今のわたしには方法がないけれど、確かだったものを確かな形で残していきたい。

 

いつか忘れても思い出せるように。

抱きしめていられるように。

そして、全部未来に持っていけるように。

 

 

 

これまでも、これからもきっと間違いないから、

 

その日がくるまで、大事にしよう。